心ざし深きみぎはに刈るこもは
千歳の五月いつか忘れん
- 歌の意味
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心ざしを深くこめて、深い水際で刈ったこの菰は、千年先の五月五日になっても、いつ忘れることがあろうか。
- 鑑賞
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巻第十八 雑賀 1172
詞書「五月五日、小さき飾り粽を山菅の籠に入れて、為雅の朝臣の娘に心ざすとて」
心ざしを深くこめて深い水際で刈った菰を、千年先の五月の五日になってもいつ忘れることがあろうかと詠む歌である。詞書から、端午の節句の五月五日に、小さな飾り粽を山菅の籠に入れて、藤原為雅の娘に贈ったときの歌とわかる。粽を包む菰に深い心ざしをこめ、「いつか」に「何時か」と「五日」を掛けて、この贈り物を末長く忘れないでほしいという思いを、千年の祝いの言葉に包んで伝えている。
作者の「春宮大夫道綱母」は藤原道綱母である。藤原倫寧の娘で、藤原兼家の妻となって道綱を生んだ。蜻蛉日記の作者で、百人一首の「嘆きつつ」の歌で知られる。
初句「心ざし」は、相手を思う気持ち、の意で、二句の「深き」にかかり、心ざしが深い意と、水際が深い意を重ねている。
二句「深きみぎはに」は、深い水際に、の意で、菰の生える水辺をいう。
三句「刈るこもは」は、刈った菰は、の意で、菰は粽を包むのに用いた草である。
四句「千歳の五月」は、千年先の五月、の意で、長い年月をいう祝いの言葉である。本巻の第千百七十一首の二句「千歳の事は」と、「千歳」の語を共有している。
結句「いつか忘れん」は、「いつか」が「何時か」と五月の「五日」を掛ける掛詞である。いつ忘れようか、忘れはしない、の反語の意で、五月五日の節句を詠み込んでいる。
いつか:「何時か」と、五月の「五日」を掛ける
こも:菰。水辺に生える草。粽を包むのに用いた
ちまき:粽。菰や笹の葉で包んで蒸した餅
みぎは:汀。水際
やますげ:山菅。山に生える菅
- 作者
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藤原道綱母
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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百敷に千歳の事は多かれど 今日の君はた珍しきかな
- 次の歌
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千年経ん君しいまさばすべらきの 天の下こそうしろやすけれ