万代の花のためしや今日ならむ
昔もかかる春しなければ
- 歌の意味
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万代ののちまで語り継がれる花の御幸の手本は、今日のことになるだろう。昔もこれほどの春はなかったのだから。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 45
詞書は前の歌に続き「鳥羽院位下りさせ給ひてのち、白河に御幸ありて花御覧じける日、よみ侍りける」
前歌と同じく、鳥羽院が白河に御幸して花を御覧になった日に詠んだ歌である。今日の花の御幸こそ、万代ののちまで花見の手本として語り継がれるだろう、昔にもこれほどすばらしい春はなかったのだから、と詠む。上皇を迎えた花の宴を最大級の言葉でことほいでいる。
作者の「徳大寺左大臣(于時左兵衛督)」は藤原実能である。権大納言藤原公実の子で、左大臣に至り、徳大寺家の祖となった。待賢門院璋子の兄である。作者名に添えられた「于時左兵衛督」は、この歌を詠んだ時には左兵衛督であったことを示す。
初句「万代の」は、限りなく長い年月の、の意である。
二句「花のためしや」の「ためし」は、後の世の手本となる先例をいう。「や」は疑問の係助詞で、三句の「む」と係り結びをなす。
三句「今日ならむ」は、今日のことになるだろう、の意で、ここで句切れとなる。本巻の第五十首も白河院の御幸を受けて「ためしにはせむ」と詠み、御幸の日を後世の手本とする趣向が重なる。
四句「昔もかかる」は、昔もこのような、の意である。
結句「春しなければ」の「し」は強意の副助詞で、春はなかったのだから、と三句までの理由をあとから示す倒置となる。
ためし:後の世の手本となる先例
- 作者
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藤原実能
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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影清き花の鏡と見ゆるかな のどかに澄める白川の水
- 次の歌
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尋ねつる花のあたりになりにけり 匂ふにしるし春の山風