今日暮れぬ花の散りしもかくぞありし
二たび春は物を思ふよ
- 歌の意味
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今日で春は暮れてしまった。花が散ったときもこのようであった。春には二度、物思いをすることだ。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 135
詞書は前の歌に続き「堀河院御時、百首歌奉りける時、春の暮をよめる」
前歌と同じく堀河百首で「暮春」を題として詠んだ歌である。今日で春は暮れてしまった、思えば花が散ったときもこのように悲しかった、春という季節は、花が散るときと春が終わるときの二度、物思いをさせることだ、と詠む。落花の悲しみと惜春の悲しみとを「二たび」と数え上げることで、春下の巻全体の主題を一首にまとめ、本巻を締めくくっている。
作者の「河内」は大蔵大輔藤原永相の娘である。後三条天皇の皇女で斎宮を務めた俊子内親王に仕え、前斎宮河内とも呼ばれた。堀河百首の作者の一人である。
初句「今日暮れぬ」の「ぬ」は完了の助動詞で、今日が暮れてしまった、の意である。一日の暮れと春の終わりとを重ねる。前歌の第百三十四首「今日の暮るるを」を受け、ここで句切れとなる。
二句「花の散りしも」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、花の散ったときも、の意となる。本巻巻頭の第七十七首が「咲きしより散るまで」と花を見続けたのに対し、巻末の本歌は花の散ったときを振り返る。
三句「かくぞありし」は、このようであった、の意で、「ぞ」は係助詞で「し」と連体形で結ぶ。六音の字余りとなる。ここで句切れとなる。
四句「二たび春は」の「二たび」は、花の散るときと春の終わるときとの二度をいう。
結句「物を思ふよ」の「物を思ふ」は物思いにふける意、「よ」は詠嘆の終助詞である。落花と惜春という本巻の二つの主題を一首に集め、春歌下を結んでいる。
ものをおもふ:物思いにふける
- 作者
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河内
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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常よりも今日の暮るるを惜しむかな 今いくたびの春と知らねば
- 次の歌
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夏衣花のたもとに脱ぎかへて 春の形見もとまらざりけり