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夏衣花のたもとに脱ぎかへて
春の形見もとまらざりけり

歌の意味
花の色に染めた春の衣の袂を夏衣に脱ぎかえてしまい、春の形見として残るものも、もう何もなくなってしまった。
鑑賞
巻第三 夏歌 136

詞書「堀河院御時、百首歌奉りける時、更衣の心をよめる」
 堀河天皇の時代に歌人たちが百首ずつ詠進した堀河百首で、「更衣」を題として詠んだ歌である。陰暦四月一日の衣替えに、花の色に染めた春の衣を夏衣に脱ぎかえてしまうと、過ぎた春をしのぶ形見として残るものも、もう何もなくなってしまった、と詠む。衣替えという宮廷の行事をとおして、春から夏への季節の移り変わりと、去った春への名残惜しさを表した一首であり、夏歌の巻頭を飾る。
 作者の「前中納言匡房」は大江匡房である。大江成衡の子で、学者として後三条、白河、堀河の三代の天皇に仕え、権中納言に至った。博識で知られ、堀河百首の作者の一人である。
 本歌と次歌の第百三十七首は、ともに堀河百首の「更衣」の歌で、夏の始まりを衣替えによって詠む二首である。

 初句「夏衣」は、夏に着る薄い衣をいい、詞書の題「更衣」を示す。本巻の第二百十九首も同じ「夏衣」を初句に置く。
 二句「花のたもとに」の「花のたもと」は、桜などの花の色に染めた春の衣の袂をいう。巻末の第二百二十五首「帰る袂に秋風ぞ吹く」も袂を詠んでおり、本巻は袂に始まって袂に終わる形で、夏の始まりと終わりとが呼応している。
 三句「脱ぎかへて」は、脱いで着かえて、の意で、四月一日の衣替えをいう。
 四句「春の形見も」の「形見」は、過ぎ去ったものをしのぶよすがとなるものである。巻第二の第百十首「春の形見に」は、すみれを春の形見として摘んで帰ると詠んだが、本歌ではその形見さえ残らないと詠む。
 結句「とまらざりけり」の「ざり」は打消の助動詞「ず」の連用形、「けり」は気づきを表す。春の名残がすっかり消えたことに改めて気づく心を示す。

ころもがへ:陰暦四月一日と十月一日に、季節に合った衣服に着かえること
ぬぎかふ:脱いで着かえる
かたみ:過ぎ去ったものをしのぶよすがとなるもの
作者
大江匡房
出典
千載和歌集
前の歌
今日暮れぬ花の散りしもかくぞありし 二たび春は物を思ふよ
次の歌
今日かふる蝉の羽衣着てみれば 袂に夏はたつにぞありける