- 歌の意味
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我が家の花橘に吹く風を、どこの里から吹いてくる香りかと思いながら、いったい誰が物思いにふけって眺めているのだろう。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 174
詞書「題しらず」
我が家の花橘に吹きつける風は、その香りを遠くまで運んでゆくが、その香りを、いったいどこの里の橘かと思いながら、誰がどこかで物思いにふけっていることだろう、と詠む。香りを受け取る見知らぬ人に思いを馳せる構図で、花橘の香が人に昔を思わせるという伝統を、香りを送り出す側から詠んでいる。
作者の「左大弁親宗」は平親宗である。兵部権大輔平時信の子で、建春門院平滋子や平時子の弟にあたる。左大弁を経て中納言に至った。
初句「我が宿の」は、我が家の、の意である。
二句「花橘に」は、我が家に咲く橘の花に、の意である。
三句「吹く風を」は、橘に吹いて香りを運ぶ風を、の意である。
四句「誰が里よりと」は、どの人の里から吹いてくるのかと、の意で、香りを受け取る側の思いをいう。
結句「誰ながむらん」の「ながむ」は物思いにふけりながら眺める意、「らん」は現在推量の助動詞である。前歌の第百七十三首が追風に香る橘を受け取る側から詠んだのに対し、本歌は香りを送り出す宿の側から詠む。
やど:家、住まい
ながむ:物思いにふけりながら眺める
- 作者
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平親宗
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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浮雲のいさよふ宵の村雨に 追風しるく匂ふ橘
- 次の歌
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折しもあれ花橘の香るかな 昔を見つる夢の枕に