- 歌の意味
-
浮き雲がただよって進まない宵のにわか雨の中で、追い風に乗ってはっきりと香ってくる橘よ。
- 鑑賞
-
巻第三 夏歌 173
詞書「題しらず」
浮き雲が空にただよい、にわか雨の降る宵に、風に乗って橘の花の香りがはっきりと匂ってくる、と詠む。雨に湿った空気の中でいっそう際立つ香りを、目に見えない追風のはたらきとしてとらえ、夏の宵の情趣を描いている。
作者の「藤原家基」は伝の詳らかでない人物である。
初句「浮雲の」は、空にただよう雲の、の意である。
二句「いさよふ宵の」の「いさよふ」は、ためらって進まない、ただよう意である。
三句「村雨に」は、ひとしきり降るにわか雨の中で、の意である。本巻の第百六十七首「村雨の空」も宵の村雨を詠む。
四句「追風しるく」の「追風」は後ろから吹いてくる風、「しるく」ははっきりと、の意である。
結句「匂ふ橘」は体言止めで、香りを放つ橘の花を示す。前の二首が袖と結びつけた橘の香を、本歌は宵の風の中にとらえる。
いさよふ:ためらって進まない、ただよう
おひかぜ:後ろから吹いてくる風
- 作者
-
藤原家基
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
風に散る花橘に袖しめて 我が思ふ妹が手枕にせん
- 次の歌
-
我が宿の花橘に吹く風を 誰が里よりと誰ながむらん