いにしへも底に沈みし身なれども
なほ恋しきは白川の水
- 歌の意味
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昔も、川の底に沈むように不遇のうちに埋もれていた身ではあるけれども、それでもなお恋しく思われるのは、白河院の御代の白川の水である。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1081
詞書「述懐の歌詠み侍りける時、昔白河院に近く仕うまつりけることを思ひて、詠み侍りける」
述懐の歌を詠んだ時、昔白河院の近くに仕えたことを思って詠んだ歌である。昔も底に沈んでいた身ではあるが、なお恋しいのは白川の水である、と詠む。白河院に仕えていた昔も、決して日の当たる身ではなく、川の底に沈むように埋もれていた。それでもなお、その院の御代が懐かしく思われると、白河院の名を白川の流れに寄せて追慕の心を詠んでいる。
作者の「藤原家基(法名素覚)」は平安時代後期の歌人で、出家して素覚と号した。詞書から白河院の近くに仕えたことが知られるが、伝記の詳細は明らかでない。
前歌の第千八十首の四句「昔は老いを」と、昔を思う心を共有する。また本巻の第千百十八首の二句「沈むと聞くは」と、不遇を川に沈むことにたとえる点で通う。
初句「いにしへも」は、白河院に仕えた昔も、の意である。
二句「底に沈みし」は、川の底に沈んでいた、の意で、不遇のうちに埋もれていたことをたとえる。結句の「白川の水」の縁語である。
三句「身なれども」は、身であるけれども、の意で、逆接で下の句へ続く。
四句「なほ恋しきは」は、それでもなお恋しいのは、の意である。
結句「白川の水」は、京の東を流れる白川の水で、白河院の御代をこの川の名に寄せている。体言止めである。
しらかはゐん:白河天皇の譲位後の称で、院政を始めた
しづむ:沈む、不遇のうちに埋もれる
つかうまつる:お仕えする
- 作者
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藤原家基
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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いつとても身の憂きことは変はらねど 昔は老いを嘆きやはせし
- 次の歌
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あはれてふ人もなき身を憂しとても 我さへいかが厭ひ果つべき