唐錦幣にたちもて行く秋も
今日や手向の山路越ゆらん
- 歌の意味
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美しい唐錦を幣として裁って携え、旅立ってゆく秋も、今日は手向山の山道を越えてゆくのだろうか。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 383
詞書「雲居寺結縁経の後宴に歌合し侍りけるに、九月尽の心をよみ侍りける」
雲居寺で結縁経の供養を行い、その後の宴で催した歌合で、九月尽の題で詠んだ歌である。美しい唐錦を裁って幣として携え、旅立ってゆく秋も、秋の最後の日である今日は、手向山の山道を越えてゆくのだろうか、と詠む。去りゆく秋を、紅葉の錦を幣として手向けながら山を越える旅人に擬人化している。
作者の「瞻西上人」は雲居寺の僧である。雲居寺に大きな阿弥陀仏を造立したことで知られ、結縁経の供養に歌合を催すなど、歌人たちとも交流した。
九月尽は陰暦九月の末日で、秋の最後の日にあたる。次歌の第三百八十四首も同じ歌合で九月尽を詠む。また本巻の第三百七十二首も手向山を紅葉の幣の散る山として詠んでいる。
初句「唐錦」は唐から伝わった錦で、美しい錦をいう。紅葉を錦に見立てる。
二句「幣にたちもて」の「たつ」は、布を裁つ意と、旅に発つ意を掛ける掛詞である。「幣」は神に捧げる供え物で、紅葉の錦を幣に裁って携えるさまをいう。
三句「行く秋も」は、去ってゆく秋も、の意で、秋を旅人に擬人化する。
四句「今日や手向の」の「今日」は九月尽の今日をいう。「や」は疑問の係助詞で、結句の「らん」と連体形で結ぶ。「手向の山」は旅人が道の神に幣を手向ける山である。本巻の第三百七十二首も手向の山を詠む。
結句「山路越ゆらん」の「らん」は現在推量で、山道を越えてゆくのだろうか、と秋の旅路を推し量る。
からにしき:唐から伝わった錦、美しい錦
ぬさ:神に捧げる供え物で、布や紙を細かく切ったもの
たつ:布を裁つ意と、旅に発つ意を掛ける
たむけのやま:旅人が道の神に幣を手向けることから名付けられた山
- 作者
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瞻西
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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さらぬだに心細きを山里の 鐘さへ秋の暮れを告ぐなり
- 次の歌
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明けぬともなほ秋風はおとづれて 野辺のけしきよ面変はりすな