磯馴木のそなれそなれて伏す苔の
まほならずとも逢ひ見てしかな
- 歌の意味
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潮風に慣れきって地に伏す磯馴木に生える苔のように、たとえ十分なかたちでなくとも、あなたと逢って契りを結びたいものだ。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 804
詞書は前の歌に続き「百首歌奉りける時、恋の心を詠める」
前歌と同じく久安百首の恋の歌である。磯馴木が潮風に慣れに慣れて伏し、そこに生える苔のように、十分でなくとも逢いたいものだ、と詠む。海辺で潮風に吹かれ続けて地を這うように伏した木と、そこに生す苔の姿に、まっすぐには立てず、整ったかたちではない恋を重ね、それでもよいから逢いたいという、切実な願いを表している。久安百首の恋の歌五首の結びである。
作者の「待賢門院のあき」は待賢門院安芸で、鳥羽天皇の中宮待賢門院藤原璋子に仕えた女房である。久安百首の作者の一人であるが、経歴の詳細は多く伝わらない。
初句「磯馴木の」の「磯馴木」は、海辺で潮風に吹かれ、枝が地を這うように傾いて生えた木である。
二句「そなれそなれて」は、初句の「そなれ」を繰り返して、潮風に慣れに慣れて、の意である。同じ語を重ねて調子を整えている。
三句「伏す苔の」は、地に伏す木に生える苔の、の意である。初句からここまでが、四句の「まほならず」を導く序詞のはたらきをもつ。
四句「まほならずとも」の「まほ」は十分に整っていること、完全なさまで、たとえ十分なかたちでなくとも、の意である。
結句「逢ひ見てしかな」の「てしかな」は自己の願望を表す終助詞で、逢って契りを結びたいものだ、の意である。
そなれぎ:潮風に吹かれて枝が地に伏すように傾いて生えた木
まほ:十分に整っていること、完全なさま
あひみる:男女が逢って契りを結ぶ
- 作者
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待賢門院安芸
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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宵の間も待つに心や慰むと 今来んとだに頼めおかなん
- 次の歌
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人はいさ飽かぬ夜床にとどめつる 我が心こそ我を待つらめ