立ち帰る人をも何か恨みまし
恋しさをだに留めざりせば
- 歌の意味
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来てすぐに帰ってしまう人を、どうして恨んだりしようか。せめて恋しさだけでも、あとに残していかなかったならば。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 852
詞書「同じ家に十首の恋歌詠み侍りける時、来不留恋といへる心を詠み侍りける」
同じく藤原俊忠の家で十首の恋歌を詠んだ時、「来て留まらざる恋」の題で詠んだ歌である。すぐに帰ってしまう人をどうして恨むことがあろうか、せめて恋しさだけでも残していかなかったならば、と詠む。相手が帰ってしまうこと自体よりも、帰ったあとに恋しさだけが残されることがつらいのだと、反実仮想を用いて恨みの理由を明かしている。
作者の「権中納言師時」は源師時である。左大臣源俊房の子で、権中納言に至った。日記『長秋記』の記主として知られる。
次歌の第八百五十三首も同じ「来不留恋」の題の歌で、二首が並ぶ。本歌が帰る人に恋しさを残されたことを嘆くのに対し、次歌は仮にだけ来て帰る人を嘆き、同じ題を異なる角度から詠んでいる。
初句「立ち帰る」はすぐに引き返して帰っていく、の意で、題の「来て留まらず」に当たる。
二句「人をも何か」の「何か」は反語で、どうして…か、いや…ない、の意である。「か」は係助詞で、三句の「恨みまし」と連体形で結ぶ。
三句「恨みまし」の「まし」は反実仮想の助動詞で、結句の「ざりせば」と呼応する。恨んだりはしないだろうに、の意となる。ここで句切れとなり、下の句と倒置の関係にある。
四句「恋しさをだに」の「だに」は最小限を示す副助詞で、せめて恋しさだけでも、の意である。
結句「留めざりせば」の「ざり」は打消の助動詞、「せば」は反実仮想の仮定で、残していかなかったならば、の意である。前歌の第八百四十九首の四句「留めがたきは」と「留む」の語を共有する。
たちかへる:すぐに引き返して帰っていく
- 作者
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源師時
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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恋ひわびてあはれとばかりうち嘆く ことよりほかの慰めぞなき
- 次の歌
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鶉鳴く賤屋に生ふる玉小菅 かりにのみ来て帰る君かな