鶉鳴く賤屋に生ふる玉小菅
かりにのみ来て帰る君かな
- 歌の意味
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鶉の鳴く粗末な家に生える玉小菅を刈るように、ほんの仮にだけ来て帰ってしまうあなたであることよ。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 853
詞書は前の歌に続き「同じ家に十首の恋歌詠み侍りける時、来不留恋といへる心を詠み侍りける」
前歌と同じく藤原俊忠の家での十首の恋歌で、「来て留まらざる恋」の題で詠んだ歌である。鶉の鳴く賤しい家に生える玉小菅を刈るように、ほんの仮に来ただけで帰っていくあなたよ、と詠む。上の三句は「かり」を導く序詞で、草を「刈り」と、ほんの「仮」にだけ来る意とを掛けている。草深い里のわびしい情景を通して、ゆっくりとどまってくれない相手を恨む心を表している。
作者の「藤原道経」は院政期の歌人である。藤原俊忠の家の歌会などで歌を詠んだ。
前歌の第八百五十二首と同じ「来不留恋」の題の歌である。前歌が帰ったあとに残る恋しさを嘆くのに対し、本歌は仮にだけ来て帰る相手を嘆いている。
初句「鶉鳴く」は鶉の鳴く草深い所を示し、人里離れたわびしい情景を描く。
二句「賤屋に生ふる」の「賤屋」は身分の低い者の住む粗末な家のことである。
三句「玉小菅」の「玉」は美称で、小さな菅のことである。ここまでの三句が、刈るものとしての菅を通して四句の「かり」を導く序詞となる。
四句「かりにのみ来て」の「かり」は、菅を「刈り」の意と、ほんの「仮」に、の意を掛ける。「のみ」は限定の副助詞で、ただ仮にだけ来て、の意である。
結句「帰る君かな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、帰ってしまうあなたであることよ、と恨みを込めて結ぶ。前歌の第八百五十二首の初句「立ち帰る」と「帰る」の語を共有する。
しづや:身分の低い者の住む粗末な家
たまこすげ:小さな菅の美称
かり:菅を「刈り」の意と、ほんの「仮」に、の意を掛ける
- 作者
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藤原道経
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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立ち帰る人をも何か恨みまし 恋しさをだに留めざりせば
- 次の歌
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別れては形見なりける玉章を 慰むばかり書きもおかせで