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夕されば玉ゐる数も見えねども
関の小川の音ぞ涼しき

歌の意味
夕方になると、流れに浮かぶしぶきの玉の数も見えなくなるけれども、関の小川の水音は涼しく聞こえる。
鑑賞
巻第三 夏歌 211

詞書「題しらず」
 夕暮れになると、小川の流れに立つしぶきの玉の数も暗くて見えなくなるが、それでも関の小川の水音は涼しく聞こえる、と詠む。見えなくなった水の玉と、なお聞こえる水音とを対比させ、目から耳へと移る涼しさをとらえている。
 作者の「藤原道経」は藤原顕綱の子である。和泉守を務め、従五位上に至った。藤原忠通の家の歌壇で活躍し、俊成を基俊に引き合わせたと伝えられる。

 初句「夕されば」の「さる」は時が移ってくる意で、夕方になると、の意である。
 二句「玉ゐる数も」の「玉」は流れに立つしぶきや水の玉、「ゐる」はとどまる意である。
 三句「見えねども」の「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形、「ども」は逆接で、暗くて見えないけれども、の意となる。
 四句「関の小川の」は、関のそばを流れる小川の、の意である。前歌の第二百十首の岩もる清水に続き、水の音を詠む。
 結句「音ぞ涼しき」の「ぞ」は係助詞で、「涼しき」と連体形で結ぶ。前歌の第二百十首「音冴えて」と同じく、水の音に涼しさを感じる。

ゆふさる:夕方になる
ゐる:とどまる、浮かぶ
をがは:小川
作者
藤原道経
出典
千載和歌集
前の歌
山陰や岩もる清水音冴えて 夏のほかなるひぐらしの声
次の歌
岩間もる清水を宿にせきとめて ほかより夏を過ぐしつるかな