昨日まで御手洗川にせし禊
志賀の浦波立ちぞ変はれる
- 歌の意味
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昨日までは御手洗川でしていた禊であったが、今日は志賀の浦波が立って、禊の場所も、立場もすっかり変わってしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 972
詞書「上西門院、賀茂の斎と申しけるを、代はらせ給うて、唐崎に祓へし給ひける御供にて、女房のもとに遣はしける」
賀茂の斎院であった上西門院統子内親王が斎院を退き、近江の唐崎で祓えをした時、そのお供として付き従い、女房のもとに送った歌である。昨日までは御手洗川でしていた禊が、今日は志賀の浦の波に変わったことだ、と詠む。賀茂の御手洗川から志賀の唐崎へと禊の場が移ったことに、斎院の地位を退いた身の上の変化を重ね、感慨を込めている。
作者の「八条前太政大臣」は藤原実行である。藤原公実の子で、三条家の祖となり、太政大臣にのぼった。八条太政大臣と呼ばれた。
次歌の第九百七十三首も斎院を退いたのちの唐崎の祓えを詠み、「御手洗」「志賀」の語を共有して対をなしている。
初句「昨日まで」は、斎院の任にあった昨日までは、の意である。
二句「御手洗川に」は、賀茂神社の境内を流れる御手洗川で、斎院の禊の場である。次歌の第九百七十三首の初句「御手洗や」と応じる。
三句「せし禊」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、していた禊、の意である。ここで句切れとなる。
四句「志賀の浦波」は、琵琶湖の西岸、唐崎のある志賀の浦の波である。次歌の四句「志賀の浪路に」と応じる。
結句「立ちぞ変はれる」の「立ち」は、波が立つ意を重ね、「ぞ」は強意の係助詞で、存続の助動詞「り」の連体形「る」で結ぶ。すっかり変わってしまった、の意である。
いつき:賀茂神社などに奉仕する未婚の皇女
はらへ:罪やけがれを除くための神事
みたらしがは:神社の境内を流れ、参拝者が手を清める川
みそぎ:川などで身を清める神事
- 作者
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藤原実行
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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薫る香によそふるよりはほととぎす 聞かばや同じ声やしたると
- 次の歌
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御手洗や影絶えはつる心地して 志賀の浪路に袖ぞ濡れこし