杉が枝を霞籠むれど三輪の山
神のしるしは隠れざりけり
- 歌の意味
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杉の枝を霞が包み込んでいるけれど、三輪の山の神のしるしである杉は、隠れることがなかった。
- 鑑賞
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巻第二十 神祇歌 1269
詞書「三輪社にて霞を詠める」
三輪社で霞を題に詠んだ歌である。杉の枝を霞が包むけれど、三輪の山の神のしるしは隠れなかった、と詠む。三輪山の杉は神のしるしとされ、『古今和歌集』の「わが庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門」以来、三輪と杉は結びつけて詠まれてきた。春霞が杉を覆っても神のしるしは隠れないと、目印の杉に神の霊験を重ね、その確かさをたたえている。
作者の「僧都範玄」は平安時代末期の興福寺の僧で、僧都の位にあった。
本巻の第千二百六十七首も三輪の神を詠み、同歌の「しるし」と本歌の「神のしるし」とが通い合う。
初句「杉が枝を」は、杉の枝を、の意で、三輪山の神の杉を言う。
二句「霞籠むれど」の「籠む」は霞が包み込む意で、「ど」は逆接の接続助詞である。
三句「三輪の山」は大和国の三輪山で、山そのものを神体として大神神社がまつられる。
四句「神のしるしは」の「しるし」は、神の目印である杉の意と、神の霊験の意とを掛けている。本巻の第千二百六十七首の四句「しるしありまの」と同じ語である。
結句「隠れざりけり」の「ざり」は打消の助動詞「ず」の連用形、「けり」は気づきを表す詠嘆の助動詞である。
しるし:神の目印である杉の意と、神の霊験の意とを掛ける
こむ:霧や霞などが辺りを包み込む
- 作者
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範玄
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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うれしくも神の誓ひをしるべにて 心をおこす門に入りぬる
- 次の歌
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今までになど沈むらん貴船川 かばかり早き神を頼むを