いづことも春の光は分かなくに
まだみ吉野の山は雪降る
- 歌の意味
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どこと区別することもなく春の光は差すはずなのに、み吉野の山にはまだ雪が降っている。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 19
詞書「同じ御時、御厨子所に候ひけるころ、沈めるよしを嘆きて、御覧ぜさせよとおぼしくて、ある蔵人に送りて侍りける十二首がうち」
春の光はどこにも分け隔てなく差すのに、吉野の山にはまだ雪が降っていると詠んだ歌である。春の光を帝の恵みに、雪の降る吉野山を恩恵の届かない我が身にたとえ、不遇を訴えている。
詞書によれば、前歌と同じ醍醐天皇の御代、作者が御厨子所に仕えていたころ、沈んだ境遇を嘆き、天皇にお目にかけてほしいとの思いで、ある蔵人に贈った十二首のうちの一首である。
作者の「みつね」は凡河内躬恒である。古今和歌集の撰者の一人で、甲斐少目や和泉大掾などを歴任した。三十六歌仙の一人である。
なお本文の二句は「春の光は」とあり、読み仮名の行の「はなのひかりは」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「いづことも」は、どこということもなく、の意で、三句の「分かなくに」と呼応している。
二句「春の光は」は、春の日の光を示し、帝の恵みをたとえている。
三句「分かなくに」の「なくに」は逆接を表し、分け隔てしないのに、の意である。
四句「まだみ吉野の」の「み」は美称の接頭語である。雪深い吉野の山を、恵みの届かない我が身にたとえている。
結句「山は雪降る」は、春になってもなお雪が降り続く情景で、作者の沈んだ境遇を表している。本巻の第一首、第二首の雪が春の喜びと結びついていたのに対し、本歌の雪は春の届かない嘆きを表している。
みづしどころ:宮中で天皇の食膳を調える所
しづむ:不遇の境遇にある
わく:区別する、分け隔てする
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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春霞たなびきにけり久方の 月の桂も花や咲くらむ
- 次の歌
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白玉を包む袖のみ流るるは 春は涙もさえぬなりけり