- 歌の意味
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白玉のような涙を包む袖ばかりが流れるほど濡れるのは、春になって涙も凍らなくなったからなのだった。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 20
詞書「人のもとにつかはしける」
涙を白玉に見立て、袖が流れるほど泣き濡れるのは、春になって涙さえ凍らなくなったからだと詠んだ歌である。止めどなく流れる涙を、季節の移ろいに結びつけて訴えている。
詞書によれば、ある人のもとに贈った歌である。冬ならば凍って止まるはずの涙が、春になって止まらないと訴えることで、相手への思いの深さを伝えている。
作者の伊勢は伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の中宮温子に仕えた。宇多天皇の寵愛を受け、のちに敦慶親王との間に中務をもうけた。三十六歌仙の一人である。
初句「白玉を」は、白い玉、すなわち真珠を示し、ここでは涙を見立てている。
二句「包む袖のみ」は、涙の玉を包む袖を示す。「のみ」は、袖ばかりが、と強調している。
三句「流るるは」は、袖が流れるほど涙に濡れることを表す。
四句「春は涙も」は、春という季節には涙もまた、の意で、雪や氷が解ける春の景物を涙に重ねている。
結句「さえぬなりけり」の「さゆ」は冷えて凍る意で、涙さえ凍らないのだったと、春の訪れと止まらない涙を結びつけている。「けり」は気づきの詠嘆を表す。
しらたま:白い玉、真珠、ここでは涙の見立て
さゆ:冷え込む、冷えて凍る
- 作者
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伊勢
- 出典
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後撰和歌集
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いづことも春の光は分かなくに まだみ吉野の山は雪降る
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春立ちて我が身ふりぬるながめには 人の心の花も散りけり