限りなき名に負ふふちの花なれば
底ひも知らぬ色の深さか
- 歌の意味
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限りなく深い淵の名を負う藤の花であるから、底も知れないほどの色の深さであることよ。
- 鑑賞
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巻第三 春歌下 125
詞書「弥生の下の十日ばかりに、三条右大臣、兼輔の朝臣の家にまかりて侍りけるに、藤の花咲ける遣水のほとりにて、かれこれ大御酒たうべけるついでに」
藤の名に深い「淵」を響かせ、限りない淵の名を負う藤の花だから、底も知れないほど色が深いとたたえた歌である。藤は藤原氏の名にも通じ、宴の主である兼輔の家の栄えをたたえる心もうかがえる。
詞書によれば、三月の下旬ごろ、三条右大臣藤原定方が藤原兼輔の家を訪れた折、藤の花の咲く遣水のほとりで、人々が酒を酌み交わしたついでに詠んだものである。本歌から第百二十七首までの三首は、藤原兼輔の家での藤の宴で、主客と貫之がそれぞれ藤の色の深さを詠み交わした一連である。
作者の「三条右大臣」は藤原定方である。藤原高藤の子で、右大臣に至った。三条に邸があったことからこう呼ばれる。藤原兼輔とはいとこにあたり、ともに紀貫之らの歌人を庇護した。
初句「限りなき」は、果てしない、の意で、二句の「名」と四句の「底ひも知らぬ」に響いている。
二句「名に負ふふちの」の「ふち」は、「藤」と、水の深くよどんだ所の「淵」を掛けた掛詞である。「名に負ふ」はその名を持つ意で、藤の名に淵の深さを読み取っている。第百二十七首も同じ掛詞を用いている。
三句「花なれば」は、花であるので、の意で、理由を示す。
四句「底ひも知らぬ」の「底ひ」は底、きわまりの意で、「淵」の縁語である。底も知れない、の意を表す。
結句「色の深さか」の「か」は詠嘆で、藤の色の深さをたたえている。次歌の第百二十六首は「色深く」と受けている。
ふち:「藤」と、水の深くよどんだ所の「淵」を掛ける
そこひ:底、きわまり
やりみづ:庭に水を引き入れて流れるようにしたもの
おほみき:酒の敬称
たうぶ:飲む、いただく
- 作者
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藤原定方
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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水底の色さへ深き松が枝に 千年をかねて咲ける藤波
- 次の歌
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色深くにほひし事は藤浪の たちもかへらで君とまれとか