いたづらに今日や暮れなむ新しき
春の始めは昔ながらに
- 歌の意味
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むなしく今日という日は暮れてしまうのだろうか。新しい春の始めは、昔と変わらずにやって来たのに。
- 鑑賞
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巻第二十 慶賀歌 1396
詞書「先帝おはしまさで、またの年の正月一日贈り侍りける」
むなしく今日は暮れてしまうのか、新しい春の始めは昔のままなのに、と詠んだ歌である。醍醐天皇の崩御の翌年の元日、春は昔と変わらず巡って来ても、主君のいない元日はむなしく暮れてゆくと嘆いている。
詞書によれば、先帝の醍醐天皇がお亡くなりになった翌年の正月一日に送った歌である。次歌は藤原兼輔の返しで、二首は贈答の一組となっている。
作者の「三条右大臣」は藤原定方である。藤原高藤の子で、右大臣に至り、三条右大臣と呼ばれた。姉妹の胤子は醍醐天皇の生母で、天皇の叔父にあたる。小倉百人一首には「名にし負はば逢坂山のさねかづら」の歌が採られている。
初句「いたづらに」は、むなしく、の意である。
二句「今日や暮れなむ」は、今日は暮れてしまうのだろうか、の意で、「や」は疑問の係助詞で、連体形「なむ」で結ぶ係り結びとなっている。ここで句切れとなる。
三句「新しき」は、新しい、の意で、次歌の四句「新しきにも」に受けられている。
四句「春の始めは」は、新年の始まりは、の意である。
結句「昔ながらに」は、昔と変わらずに、の意で、主君のいない今との対比を表している。二句と倒置になっている。
またのとし:翌年
- 作者
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藤原定方
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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聞く人もあはれてふなる別れには いとど涙ぞ尽きせざりける
- 次の歌
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泣く涙ふりにし年の衣手は 新しきにも変はらざりけり