かくてのみやむべきものかちはやぶる
賀茂の社の万代を見む
- 歌の意味
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このようにして終わってしまってよいものか。賀茂の社の万代の末までも見届けよう。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌二 1131
詞書「延喜御時、賀茂の臨時の祭の日、御前にて盃取りて」
このまま終わってよいものか、賀茂の社の万代までも見届けよう、と詠んだ歌である。臨時祭の晴れの場で帝の前に盃を取り、祭がとこしえに続くことを願い、それを見届けたいと寿いでいる。
詞書によれば、醍醐天皇の延喜の御代、賀茂の臨時祭の日に、帝の御前で盃を取って詠んだ歌である。次歌も同じ延喜の御代の行幸の歌で、晴れの場の祝いの歌が並んでいる。
作者の「三条右大臣」は藤原定方である。内大臣藤原高藤の子で、右大臣に至り、三条に邸があったことからこう呼ばれた。小倉百人一首には「名にし負はば逢坂山のさねかづら」の歌が採られている。
初句「かくてのみ」は、このようにばかりで、の意で、祭の一日が過ぎることを指している。
二句「やむべきものか」は、終わってよいものか、の意で、「か」は反語を表す。ここで句切れとなる。
三句「ちはやぶる」は、「神」や神に関わる語にかかる枕詞で、ここでは「賀茂の社」にかかる。
四句「賀茂の社の」は、賀茂神社の、の意である。
結句「万代を見む」は、万代の末までも見よう、の意で、「む」は意志を表す。祭とともに帝の御代の長久を寿いでいる。
りんじのまつり:賀茂神社や石清水八幡宮で、例祭とは別に行われた祭
- 作者
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藤原定方
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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我が乗りし事をうしとや消えにけん 草葉にかかる露の命は
- 次の歌
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御輿岡いくその世々に年を経て 今日の行幸を待ちて見つらん