御輿岡いくその世々に年を経て
今日の行幸を待ちて見つらん
- 歌の意味
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御輿岡は、いったい幾代にわたって年を重ね、今日の行幸を待ち受けて見ていることだろうか。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌二 1132
詞書「同じ御時、北野の行幸に、御輿岡にて」
御輿岡は幾代にわたって年を重ね、今日の行幸を待ち受けて見ていることだろう、と詠んだ歌である。「御輿」の名を持つ岡が、帝の御輿を迎える日を久しく待っていたと見立て、行幸の晴れを寿いでいる。
詞書によれば、前歌と同じ醍醐天皇の御代、北野への行幸の折に、御輿岡で詠んだ歌である。
作者の「枇杷左大臣」は藤原仲平である。藤原基経の次男で、左大臣に至り、枇杷殿に住んだことからこう呼ばれた。
初句「御輿岡」は、北野の地にあった岡の名で、帝の御輿を思わせる名を持つことが一首の趣向となっている。
二句「いくその世々に」は、いったいどれほどの代々に、の意で、「いくそ」は数の多いことを問う語である。
三句「年を経て」は、年を重ねて、の意である。
四句「今日の行幸を」は、今日の帝のお出ましを、の意である。
結句「待ちて見つらん」は、待ち受けて見ていることだろう、の意で、「らん」は現在推量の助動詞である。岡を擬人化して行幸を待ち望む者に見立てている。
みこしをか:山城国北野にあった岡の名
みゆき:天皇のお出まし。行幸
- 作者
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藤原仲平
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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かくてのみやむべきものかちはやぶる 賀茂の社の万代を見む
- 次の歌
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いづれをか雨とも分かむ山伏の 落つる涙も降りにこそ降れ