我が乗りし事をうしとや消えにけん
草葉にかかる露の命は
- 歌の意味
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私が乗ったことをつらいと思って消えてしまったのだろうか。草葉にかかる露のようにはかない、あの牛の命は。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌二 1130
詞書「人の牛を借りて侍りけるに、死に侍りければ、言ひつかはしける」
私が乗ったことをつらいと思って消えてしまったのだろうか、草葉の露のような命は、と詠んだ歌である。借りた牛が死んでしまったことを持ち主に詫びつつ、「うし」に牛と憂しを掛けて、はかない命への哀れみを機知のうちに表している。
詞書によれば、人の牛を借りていたところ、その牛が死んでしまったので、持ち主に言い送った歌である。
作者の閑院は、原文に「閑院のご」とあり、延喜のころの命婦である。生没年や出自は未詳で、藤原冬嗣の旧邸閑院にちなむ呼び名とみられる。
初句「我が乗りし」は、私が乗った、の意で、「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。
二句「事をうしとや」は、そのことをつらいと思って、の意で、「うし」に「牛」と「憂し」を掛けている。「や」は疑問の係助詞で、三句の連体形「けん」で結ぶ係り結びとなっている。
三句「消えにけん」は、消えてしまったのだろうか、の意で、「けん」は過去の原因推量の助動詞で、二句の「や」を受けて結んでいる。ここで句切れとなる。
四句「草葉にかかる」は、草の葉に置いている、の意で、露の縁を導いている。
結句「露の命は」は、露のようにはかない命は、の意で、三句で切れたのちに主語を後から示す倒置となっている。「消え」と「露」は縁語である。
うし:牛の意と、つらい意の「憂し」を掛ける
くさば:草の葉
- 作者
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閑院
- 出典
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後撰和歌集
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誓はれし賀茂の河原に駒とめて しばし水飼へ影をだに見む
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かくてのみやむべきものかちはやぶる 賀茂の社の万代を見む