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有りとのみおとはの山の郭公
聞きに聞こえて逢はずもあるかな

歌の意味
そこにいるとうわさに聞くばかりの音羽山のほととぎすのように、あなたのことはさんざん耳にしながら、逢えずにいることだ。
鑑賞
巻第四 夏歌 158

詞書「女の許につかはしける」
 いるといううわさばかりの音羽山のほととぎすのように、相手のことを聞くばかりで逢えずにいると嘆いた歌である。音羽山の名に「音」すなわちうわさを響かせ、評判だけを聞いて逢えないもどかしさを表している。
 詞書によれば、女のもとに贈ったものである。
 作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。原文の作者表記は「よみ人も」とあるが、ここでは「よみ人しらず」として扱う。

 初句「有りとのみ」は、そこにいるとばかり、の意で、うわさだけが聞こえてくることを示す。
 二句「おとはの山の」の「おとは」は、山城国の歌枕である「音羽山」と、うわさの意の「音は」を掛けた掛詞である。
 三句「郭公」までは、声ばかり聞こえて姿を見せない鳥として、四句の「聞きに聞こえて」を導いている。
 四句「聞きに聞こえて」は、聞きに聞こえて、さんざん耳にして、の意で、同じ動詞を重ねて評判の高さを強めている。
 結句「逢はずもあるかな」は、逢えずにいることだ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。前歌の第百五十七首の「まだ見ぬ恋」を受け、逢えない恋を詠んでいる。

おとは:山城国の歌枕「音羽山」と、うわさの意の「音は」を掛ける
作者
よみ人しらず
出典
後撰和歌集
前の歌
あひ見しもまだ見ぬ恋も郭公 月に鳴く夜ぞ世に似ざりける
次の歌
木隠れて五月待つとも郭公 羽ならはしに枝移りせよ