さざなみや志賀の都は荒れにしを
昔ながらの山桜かな
- 歌の意味
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志賀の都はすっかり荒れ果ててしまったのに、長等山の山桜は昔のままに咲いていることだ。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 66
詞書「故郷花といへる心をよみ侍りける」
「故郷の花」という題で詠んだ歌である。かつて天智天皇が都を置いた志賀の都は、今はすっかり荒れ果ててしまったが、長等山の山桜だけは昔と変わらずに咲いている、と詠む。人の世の移ろいと、変わらずに咲く自然の桜とを対比させ、懐古の情をしみじみと表している。
作者の「よみ人しらず」は、作者の名を明らかにしないことを示す表記である。平家物語によれば、この歌は平忠度が都落ちの際に藤原俊成に託した歌の一首で、忠度が朝敵となったため、俊成は名を伏せてよみ人しらずとして入集させたと伝えられる。
初句「さざなみや」は、近江国の琵琶湖西南岸一帯をさす地名で、「志賀」を導く枕詞として用いられる。次歌の第六十七首も同じ初句で始まり、志賀の地を詠む歌が二首並ぶ。
二句「志賀の都は」の「志賀の都」は、天智天皇が近江国大津に営んだ都をいう。
三句「荒れにしを」の「に」は完了、「し」は過去の助動詞、「を」は逆接の接続助詞で、荒れてしまったのに、の意となる。
四句「昔ながらの」の「ながら」は、「昔ながら」と近江国の「長等山」との掛詞である。昔のままの意と、地名とを重ねている。
結句「山桜かな」の「かな」は詠嘆で、昔のままに咲く長等山の桜への感慨を込めて一首を結ぶ。
ながら:「昔ながら」と、近江国の「長等山」を掛ける
しがのみやこ:天智天皇が近江国大津に営んだ都
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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吉野川みかさはさしもまさらじを 青根を越すや花の白波
- 次の歌
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さざなみや志賀の花園見るたびに 昔の人の心をぞ知る