吉野川みかさはさしもまさらじを
青根を越すや花の白波
- 歌の意味
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吉野川の水かさは、それほどまでに増してはいないだろうに、青根が峰を越えてゆくのだろうか、花の白波は。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 65
詞書「春日社歌合とて人々よみ侍りける時、よめる」
春日社に奉納する歌合で人々が歌を詠んだ際の作である。吉野川の水かさがそれほど増しているはずもないのに、山の上の青根が峰を白波が越えてゆくように見える、それは一面に咲いた桜の花の白波なのだ、と詠む。吉野山を埋める白い桜を、川の白波が峰を越えるさまに見立てた大胆な趣向である。
作者の「顕昭法師」は左京大夫藤原顕輔の猶子となった僧の顕昭である。六条藤家の歌学者として、多くの歌学書や注釈書を著した。
初句「吉野川」は、吉野山のふもとを流れる川で、歌枕である。
二句「みかさはさしも」の「みかさ」は川の水の量をいい、「さしも」は、それほどまでに、の意である。
三句「まさらじを」の「じ」は打消推量の助動詞、「を」は逆接で、増してはいないだろうに、の意となる。
四句「青根を越すや」の「青根」は吉野山の奥にある青根が峰をいう。「や」は疑問を表し、越えてゆくのだろうか、の意となる。
結句「花の白波」は体言止めで、白く咲き連なる桜を白波に見立てる。本巻の第六十八首も桜を「沖つ白波」に見立てており、花を白波と見る歌が配されている。
みかさ:川の水の量、水かさ
あをね:吉野山の奥にある青根が峰
- 作者
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顕昭
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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花盛り四方の山辺にあくがれて 春は心の身に添はぬかな
- 次の歌
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さざなみや志賀の都は荒れにしを 昔ながらの山桜かな