梓弓いるさの山は秋霧の
当たるごとにや色まさるらむ
- 歌の意味
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入佐の山は、秋霧が当たるたびに、色が増していくのだろうか。
- 鑑賞
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巻第七 秋歌下 379
詞書「題しらず」
入佐の山は、秋霧が当たるたびに紅葉の色が増していくのだろうかと詠んだ歌である。「射る」に通じる山の名から、弓の縁語「当たる」を引き出し、霧が当たって山の色が深まるさまを機知をもってとらえている。
前の歌までが竜田山の紅葉を詠んだのに対し、本歌は入佐山の紅葉を詠んでいる。
作者の源宗于は光孝天皇の皇子是忠親王の子で、臣籍に下って源姓を賜り、右京大夫などを務めた。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「山里は冬ぞさびしさまさりける」の歌が採られている。
初句「梓弓」は、梓の木で作った弓で、弓を「射る」ことから「いる」にかかる枕詞である。
二句「いるさの山は」の「いる」は、弓を「射る」意と、地名の「入佐」を掛けた掛詞である。入佐山は但馬の国の山とされる。
三句「秋霧の」は、秋霧が、の意である。
四句「当たるごとにや」は、当たるたびに、の意で、「当たる」は弓の縁語である。「や」は疑問の係助詞である。
結句「色まさるらむ」の「らむ」は推量の助動詞で、四句の「や」と係り結びをなし、色が増していくのだろうか、の意である。
あづさゆみ:梓の木で作った弓、「射る」「張る」などにかかる枕詞
いる:弓を「射る」意と、地名の「入佐」を掛ける
- 作者
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源宗于
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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見るごとに秋にもなるかな竜田姫 紅葉染むとや山も着るらん
- 次の歌
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君と我いもせの山も秋来れば 色変はりぬるものにぞありける