あき果ててわが身時雨にふりぬれば
言の葉さへにうつろひにけり
- 歌の意味
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秋が終わるように飽きられ果て、わが身が時雨に降られるように古びてしまったので、あの人の言葉までもが、木の葉のように色あせて変わってしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第八 冬歌 450
詞書「題しらず」
秋が終わるように相手に飽きられ、わが身が時雨の中で古びてしまったので、相手の言葉までもが木の葉のように色あせてしまったと詠んだ歌である。季節の移ろいに託して、相手の心変わりを嘆いている。
本巻の第四百四十八首と同じく「秋果てて」で始まり、「時雨」「ふり」「言の葉」を用いた同じ趣向の歌である。第四百四十八首が相手の言葉を恨むまいと諦めたのに対し、本歌は言葉が変わってしまったことを嘆いている。また第四百四十四首と同じく結句に「うつろひにけり」を置いている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。原文の作者表記は「よみ人も」とあるが、ここでは「よみ人しらず」として扱う。
初句「あき果てて」の「あき」は、季節の「秋」と、相手に「飽き」られる意を掛けた掛詞で、第四百四十八首の初句と同じ句である。
二句「わが身時雨に」は、わが身が時雨に、の意で、時雨は涙を思わせている。
三句「ふりぬれば」の「ふり」は、時雨が「降り」と、わが身が「古り」を掛けた掛詞である。
四句「言の葉さへに」の「さへに」は、までもが、の意で、「言の葉」の「葉」が時雨や「うつろふ」の縁語となっている。
結句「うつろひにけり」の「うつろふ」は色が変わる意で、木の葉が色あせるように相手の心が変わったことを表している。本巻の第四百四十四首の結句と同じ句である。
あく:秋の「あき」と、相手に飽きられる意の「飽く」を掛ける
ふる:時雨が「降る」意と、我が身が「古る」意を掛ける
ことのは:言葉、和歌
うつろふ:色が変わる、心が変わる
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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吹く風は色も見えねど冬来れば ひとりぬる夜の身にぞしみける
- 次の歌
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神無月時雨とともに神奈備の 森の木の葉は降りにこそ降れ