紅葉葉ををしき錦と見しかども
時雨とともにふりでてぞ来し
- 歌の意味
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紅葉の葉を、立ち去りがたい惜しい錦だと見たけれども、時雨が降り出すのとともに、思いを振り切って出て来たのだ。
- 鑑賞
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巻第八 冬歌 454
詞書「神無月ばかりに、大江千古がもとに会はむとてまかりたりけれども侍らぬほどなれば、帰りまで来て尋ねてつかはしける」
紅葉の葉を立ち去りがたい惜しい錦だと見たけれども、時雨が降り出すとともに、思いを振り切って帰って来たと詠んだ歌である。千古の家の美しい紅葉に心ひかれながらも、主人が留守だったので帰らざるをえなかった名残惜しさを表している。
詞書によれば、十月ごろ、大江千古に会おうと訪ねたが留守だったので、帰ってきてから便りをして送った歌である。次歌は千古の返歌で、二首は贈答の一組となっている。
作者の「藤原忠房朝臣」は、平安時代前期の官人で歌人である。藤原京家の出で、右京大夫などを務めた。音楽にすぐれ、雅楽の「胡蝶」を作ったと伝えられる。中古三十六歌仙の一人である。
初句「紅葉葉は」は、紅葉した葉は、の意で、次歌の初句「紅葉葉も」と対応している。
二句「をしき錦と」は、惜しい錦と、の意で、紅葉を美しい錦織物に見立てている。
三句「見しかども」の「しか」は過去の助動詞「き」の已然形で、見たけれども、の意である。
四句「時雨とともに」は、時雨と一緒に、の意である。本巻の第四百五十一首の二句と同じ句である。
結句「ふりでてぞ来し」の「ふりで」は、思いを「振り出で」と、時雨が「降り出で」を掛けた掛詞で、錦を染める「振り出づ」の意も響かせ、「錦」の縁語となっている。係助詞「ぞ」と連体形「し」が係り結びをなしている。
もみぢば:紅葉した葉
ふりいづ:思いを振り切って出る「振り出づ」意と、時雨が「降り出づ」意を掛ける
- 作者
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藤原忠房
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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神無月時雨ばかりを身に添へて 知らぬ山路に入るぞ悲しき
- 次の歌
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紅葉葉も時雨もつらしまれに来て 帰らん人を降りやとどめぬ