東路の佐夜の中山なかなかに
逢ひ見てのちぞわびしかりける
- 歌の意味
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東国へ向かう道の佐夜の中山の「なか」ではないが、なまじっか契りを結んでしまってからのほうが、かえってつらいことだ。
- 鑑賞
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巻第九 恋歌一 507
詞書「からうじて相知りて侍りける人に、つつむことありて逢ひがたく侍りければ」
ようやく逢うことができた人と、はばかることがあって逢いにくくなったため、なまじ逢ってからのほうがかえってつらいと詠んだ歌である。逢う前の恋しさよりも、一度逢ったあとの逢えない苦しさのほうが深いことを表している。
詞書によれば、やっとのことで契りを結んだ相手に、人目をはばかる事情があって逢いにくくなったときの歌である。本巻の巻頭歌で、逢ったのちの恋の嘆きから恋歌一が始まる。本巻の第五百六十四首も逢ったのちに逢えないわびしさを詠んでおり、主題を共有している。
作者の「源宗于朝臣」は源宗于である。光孝天皇の孫で、是忠親王の子である。臣籍に降って右京大夫などを務めた。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「山里は冬ぞさびしさまさりける」の歌が採られている。
初句「東路の」は、都から東国へ向かう道の、の意である。
二句「佐夜の中山」は、遠江の国の峠で、東海道の難所として知られた歌枕である。初句から二句までが、同じ音の「なか」を重ねて三句の「なかなかに」を導く序詞となっている。
三句「なかなかに」は、なまじっか、かえって、の意である。
四句「逢ひ見てのちぞ」は、契りを結んでからのほうが、の意で、「ぞ」は強めの係助詞である。本巻の第五百六十四首の四句「逢ひてののちの」と同じ趣向である。
結句「わびしかりける」は、つらいことだ、の意で、四句の「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ係り結びとなっている。次歌の第五百八首も結句に「わびしかりけれ」を置いている。
あづまぢ:都から東国へ向かう道
さやのなかやま:遠江の国にある峠、東海道の難所として知られる歌枕
あひみる:契りを結ぶ、男女が逢う
- 作者
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源宗于
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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もの思ふと過ぐる月日も知らぬ間に 今年は今日に果てぬとか聞く
- 次の歌
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暁と何か言ひけん別るれば 宵もいとこそわびしかりけれ