もの思ふと過ぐる月日も知らぬ間に
今年は今日に果てぬとか聞く
- 歌の意味
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あなたを思って物思いをしているうちに、過ぎていく月日も知らない間に、今年は今日で終わってしまうと聞くことだ。
- 鑑賞
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巻第八 冬歌 506
詞書「御匣殿の別当に年を経て言ひわたり侍りけるを、え会はずして、その年の師走のつごもりの日つかはしける」
あなたを思って物思いをしているうちに、過ぎていく月日も知らない間に、今年は今日で終わると聞く、と詠んだ歌である。会えない恋に思い悩むうちに、一年が過ぎ去ってしまった嘆きを表している。
詞書によれば、御匣殿の別当に長年言い寄っていたが会うことができず、その年の十二月の晦日に送った歌である。年の終わりの日に、むなしく過ぎた一年への嘆きを相手に伝えている。本巻の巻末歌で、年の暮れを詠んで冬歌を締めくくっている。巻頭の第四百四十三首が冬の初めの初時雨を詠んだのに対し、巻末の本歌は年の最後の日を詠み、巻の始めと終わりが呼応している。また巻第七の第三百五十八首も「物思ふと月日のゆくも知らざりつ」と詠んでおり、物思いのうちに月日を忘れる趣向が共通している。
作者の「藤原敦忠朝臣」は、藤原時平の子である。権中納言に至り、枇杷中納言とも本院中納言とも呼ばれた。管弦にもすぐれ、三十六歌仙の一人である。小倉百人一首には「逢ひ見ての後の心にくらぶれば」の歌が採られている。
初句「もの思ふと」は、物思いをするとて、物思いをしているうちに、の意である。巻第七の第三百五十八首の初句と同じ句である。
二句「過ぐる月日も」は、過ぎていく月日も、の意である。
三句「知らぬ間に」は、知らない間に、の意である。
四句「今年は今日に」は、今年は今日で、の意で、詞書の十二月の晦日を指している。
結句「果てぬとか聞く」の「ぬ」は完了の助動詞で、「とか」は伝聞を表している。終わってしまうと聞く、の意である。
みくしげどの:宮中で衣服の裁縫などをつかさどった所
べたう:長官、ここでは御匣殿の長である女官
しはす:陰暦十二月
つごもり:月の最後の日、晦日
- 作者
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藤原敦忠
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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関越ゆる道とはなしに近ながら 年にさはりて春を待つかな
- 次の歌
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東路の佐夜の中山なかなかに 逢ひ見てのちぞわびしかりける