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人恋ふる涙は春ぞぬるみける
絶えぬおもひのわかすなるべし

歌の意味
人を恋い慕う涙は、春にはぬるくなることだ。絶えない思いの火が、涙を沸かしているのにちがいない。
鑑賞
巻第九 恋歌一 546

詞書「返し」
 人を恋う涙は春にはぬるくなる、それは絶えない思いの火が沸かしているからだろう、と詠んだ歌である。前歌で涙の色がまさると詠んだのに対し、色ではなく温度に転じ、思いの火で涙が温まると機知をもって返している。
 前歌の藤原時平の歌への返歌である。前歌の「涙も春は」を受けて「涙は春ぞ」と返し、色が「まさる」ことを、温度が「ぬるむ」ことにとりなしている。
 作者の「伊勢」は藤原継蔭の娘である。宇多天皇の中宮温子に仕え、のちに宇多天皇の寵愛を受けた。古今和歌集時代を代表する女流歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「人恋ふる」は、人を恋い慕う、の意である。本巻の第五百十四首の初句と同じ句である。
 二句「涙は春ぞ」は、涙は春には、の意で、前歌の四句「涙も春は」を受けている。「ぞ」は強めの係助詞である。
 三句「ぬるみける」は、ぬるくなることだ、の意で、二句の「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ係り結びとなっている。ここで句切れとなる。
 四句「絶えぬおもひの」の「おもひ」は、「思ひ」と「火」を掛けた掛詞である。
 結句「わかすなるべし」は、沸かしているのにちがいない、の意で、「わかす」は「火」の縁語である。

おもひ:「思ひ」の意と「火」を掛ける
ぬるむ:ぬるくなる、温かくなる
作者
伊勢
出典
後撰和歌集
前の歌
ころを経て逢ひ見ぬ時は白玉の 涙も春は色まさりけり
次の歌
つらしともいかが恨みん郭公 わが宿近く鳴く声はせで