浦わかずみるめ刈るてふ海人の身は
何かなにはの方へしも行く
- 歌の意味
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どの浦でも分けへだてなく海松布を刈る、つまり誰とでも逢うという海人の身なのに、どうしてわざわざ難波のほうへ行くのか。
- 鑑賞
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巻第九 恋歌一 553
詞書「平定文がもとより、難波の方へなんまかると言ひおくりて侍りければ」
どの浦でも見境なく海松布を刈るという海人のようなあなたが、どうしてわざわざ難波へ行くのか、と詠んだ歌である。難波へ行くと知らせてきた平定文に、あちこちの女と逢う色好みぶりを皮肉っている。
詞書によれば、平定文から難波のほうへ行くと言ってよこしたので送った歌である。次歌は定文の返歌で、二首は贈答の一組となっている。本巻の第五百二十八首と同じく「みるめ」に逢う機会を掛けている。
作者の「土左」は土佐という呼び名の女性で、女房名と考えられる。経歴は詳しく伝わらない。
初句「浦わかず」は、浦を区別せず、どこの浦でも、の意で、相手を選ばないことをいっている。
二句「みるめ刈るてふ」の「みるめ」は、海藻の「海松布」と、逢う機会の「見る目」を掛けた掛詞である。
三句「海人の身は」は、漁をする海人の身は、の意で、平定文をたとえている。
四句「何かなにはの」の「なには」は、摂津の「難波」と、「何は」を掛けた掛詞で、「何か」と「なには」の音を重ねている。
結句「方へしも行く」の「しも」は強めの副助詞で、方へわざわざ行くのか、の意である。四句の「か」を受けて連体形「行く」で結んでいる。
みるめ:海藻の「海松布」と、逢う機会の「見る目」を掛ける
なには:摂津の「難波」と「何は」を掛ける
あま:海で漁をする人
- 作者
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土佐
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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植ゑて見る我は忘れであだ人に まづ忘らるる花にぞありける
- 次の歌
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君を思ふ深さくらべに津の国の 堀江見に行く我にやはあらぬ