我が袖は名に立つ末の松山か
空より浪の越えぬ日はなし
- 歌の意味
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私の袖は、名高いあの末の松山なのだろうか。空から波が越えてこない日はない。
- 鑑賞
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巻第十 恋歌二 683
詞書「男のもとにつかはしける」
私の袖は名高い末の松山なのか、空から波が越えない日はない、と詠んだ歌である。末の松山を波が越えることは心変わりのたとえとされ、男の心変わりのために涙が袖を越えて流れる日々を訴えている。
詞書によれば、男のもとに送った歌である。古今和歌集の東歌「君をおきてあだし心を我が持たば末の松山浪も越えなむ」を踏まえている。
作者の土左は、土佐という呼び名の女性で、女房名と考えられる。経歴は詳しく伝わらない。
初句「我が袖は」は、私の袖は、の意である。
二句「名に立つ末の」は、名高い末の、の意である。
三句「松山か」は、陸奥の国の歌枕である末の松山なのか、の意で、ここで句切れとなる。
四句「空より浪の」は、空から波が、の意で、涙が絶えず落ちることをいう。
結句「越えぬ日はなし」は、越えない日はない、の意で、末の松山を波が越えるという心変わりのたとえを踏まえている。
すゑのまつやま:陸奥の国の歌枕、波が越えることは心変わりのたとえとされる
- 作者
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土左
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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立ち寄らば影踏むばかり近けれど 誰かなこその関を据ゑけん
- 次の歌
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ひとり寝のわびしきままに起きゐつつ 月をあはれと忌みぞかねつる