雲居にて人を恋しと思ふかな
我は葦辺の鶴ならなくに
- 歌の意味
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雲の上のはるかな所で、人を恋しく思うことだ。私は葦辺の鶴ではないのに。
- 鑑賞
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巻第九 恋歌一 576
詞書「題しらず」
私は葦辺の鶴でもないのに、雲の上のように遠く隔たった所から人を恋しく思う、と詠んだ歌である。手の届かない遠い相手を思う心を、空高く鳴く鶴の境遇に重ねている。
鶴が雲居に鳴くとされたことをふまえ、遠く隔たった恋の思いを表している。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。原文の作者表記は「よみ人も」とあるが、ここでは「よみ人しらず」として扱う。
初句「雲居にて」は、雲のある遠い空で、の意で、宮中の意も重ねていると解される。
二句「人を恋しと」は、人を恋しいと、の意である。
三句「思ふかな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、思うことだ、の意である。ここで句切れとなる。
四句「我は葦辺の」は、私は葦の生える水辺の、の意である。
結句「鶴ならなくに」の「なくに」は、ではないのに、の意で、鶴が雲居に鳴くとされたことをふまえている。
くもゐ:雲のある遠い所、宮中
たづ:鶴の歌語
あしべ:葦の生えている水辺
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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身を分けてあらまほしくぞ思ほゆる 人は苦しと言ひけるものを
- 次の歌
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浅茅生の小野の篠原忍ぶれど あまりてなどか人の恋しき