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隠れ沼に忍びわびぬる我が身かな
井手の蛙となりやしなまし

歌の意味
草に隠れた沼にひそむように、思いを忍びきれずに苦しんでいる我が身であることよ。いっそ井手の蛙となって、声に出して鳴いてしまおうか。
鑑賞
巻第十 恋歌二 606

詞書「人を言ひ始めんとて」
 隠れた沼にひそむように思いを忍びきれずに苦しむ我が身だ、いっそ井手の蛙になって鳴いてしまおうか、と詠んだ歌である。秘めた恋に耐えかね、蛙が声を上げて鳴くように思いを打ち明けたい心を表している。
 詞書によれば、前歌と同じく、ある人に初めて恋を打ち明けようとして詠んだ歌である。
 作者の「忠房朝臣」は藤原忠房である。藤原興嗣の子で、右京大夫などを務めた。音楽にすぐれた人物として知られる。

 初句「隠れ沼に」は、草などに覆われて外から見えない沼に、の意で、人目に隠れた恋のたとえである。
 二句「忍びわびぬる」は、人目を忍ぶのに耐えかねている、の意である。
 三句「我が身かな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、ここで句切れとなる。
 四句「井手の蛙と」は、山城の国の歌枕である井手の蛙として、の意である。井手は山吹とかわずで名高い。
 結句「なりやしなまし」は、なってしまおうか、の意で、「まし」はためらいを含む意志を表す。蛙のように声を上げて鳴き、思いを打ち明けたい心をいう。

かくれぬ:草などに覆われて外から見えない沼
かはづ:かじか蛙、蛙
ゐで:山城の国の地名、山吹とかわずで知られる歌枕
作者
藤原忠房
出典
後撰和歌集
前の歌
あしひきの山下茂く這ふ葛の 尋ねて恋ふる我と知らずや
次の歌
あふくまの霧とはなしに夜もすがら たちわたりつつよをも経るかな