世をうみのあわと消えぬる身にしあれば
恨むることぞ数なかりける
- 歌の意味
-
世の中をつらく思い、海の泡のように消えてしまいそうな身であるから、人を恨むことさえ物の数にも入らないことだ。
- 鑑賞
-
巻第十 恋歌二 617
詞書「題しらず」
世をつらく思い海の泡のように消えそうな身だから、人を恨むことさえ物の数ではない、と詠んだ歌である。我が身のはかなさを訴え、相手を恨むことすらできない心細さを表している。
次歌の第六百十八首は伊勢の返しで、海にちなむ語を用いた贈答となっている。
作者の「枇杷左大臣」は藤原仲平である。関白藤原基経の子で、左大臣にまで昇った。枇杷殿に住んだことからこう呼ばれ、伊勢と恋愛関係にあったことで知られる。
初句「世をうみの」の「うみ」は、つらく思う意の「憂み」と「海」を掛けた掛詞である。
二句「あわと消えぬる」は、泡のように消えてしまった、の意で、「あわ」は海の縁語である。
三句「身にしあれば」は、身であるから、の意で、「し」は強めの副助詞である。
四句「恨むることぞ」は、人を恨むことは、の意で、「ぞ」は強めの係助詞である。
結句「数なかりける」は、物の数にも入らないことだ、の意で、四句の「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ係り結びとなっている。
うみ:つらく思う意の「憂み」と「海」を掛ける
- 作者
-
藤原仲平
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
我が門のひとむらすすき刈り飼はん 君が手馴れの駒も来ぬかな
- 次の歌
-
わたつみと頼めし事もあせぬれば 我ぞ我が身のうらはうらむる