しるしなき思ひやなぞと葦鶴の
音に泣くまでに逢はずわびしき
- 歌の意味
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甲斐のない思いとはいったい何なのかと、葦辺の鶴が声を上げて鳴くように、声を上げて泣くまでに、逢えずにつらいことだ。
- 鑑賞
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巻第十 恋歌二 645
詞書「題しらず」
甲斐のない思いとは何なのかと、葦辺の鶴のように声を上げて泣くほど、逢えずにつらい、と詠んだ歌である。いくら思っても報われない恋の苦しさを、葦辺で鳴く鶴の声に重ねている。
前歌の第六百四十四首と同じく、報われない恋の嘆きを詠んだ歌が続く。
作者の坂上是則は、坂上田村麻呂の子孫で、加賀介などを務めた。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「朝ぼらけ有明の月と見るまでに」の歌が採られている。
初句「しるしなき」は、効き目のない、甲斐のない、の意である。
二句「思ひやなぞと」は、思いとはいったい何なのかと、の意である。
三句「葦鶴の」は、葦辺にいる鶴の、の意で、鳴く意で四句の「音に泣く」を導いている。
四句「音に泣くまでに」は、声を上げて泣くまでに、の意で、鶴が鳴く意を重ねている。
結句「逢はずわびしき」は、逢えずにつらい、の意で、連体形で止めて詠嘆を込めている。
しるし:効き目、甲斐
あしたづ:葦辺にいる鶴
ねになく:声を上げて泣く
- 作者
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坂上是則
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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涙にもおもひの消ゆる物ならば いとかく胸は焦がさざらまし
- 次の歌
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玉の緒の絶えて短き命もて 年月長き恋もするかな