古典和歌stream

涙にもおもひの消ゆる物ならば
いとかく胸は焦がさざらまし

歌の意味
涙によっても思いの火が消えるものであるなら、こんなにもひどく胸を焦がしはしないだろうに。
鑑賞
巻第十 恋歌二 644

詞書「題しらず」
 涙で思いの火が消えるものなら、こんなにひどく胸を焦がしはしないだろう、と詠んだ歌である。流しても流しても消えない恋の思いを、涙の水でも消えない火にたとえている。
 本巻の第六百四十七首、第六百四十八首も、燃える思いと消えることを詠んでおり、火の比喩でつながっている。なお本文の三句は「物ならせ」とあり、読み仮名の行の「ものならは」と一致しない。「ならせ」では意味が通らないため、ここでは読み仮名の行に従う。
 作者の「つらゆき」は紀貫之である。古今和歌集の撰者の一人で、土佐守などを務めた。『土佐日記』の作者としても知られ、三十六歌仙の一人である。

 初句「涙にも」は、涙によっても、の意である。
 二句「おもひの消ゆる」の「おもひ」の「ひ」は、「火」を掛けた掛詞で、思いの火が消える、の意である。
 三句「物ならば」は、ものであるなら、の意である。
 四句「いとかく胸は」は、これほどひどく胸は、の意である。
 結句「焦がさざらまし」は、焦がしはしないだろうに、の意で、三句の「ば」と呼応する反実仮想の「まし」で結んでいる。「焦がす」は「火」の縁語である。

おもひ:「思ひ」の「ひ」に「火」を掛ける
こがす:火で焼いて焦がす、思い悩む
作者
紀貫之
出典
後撰和歌集
前の歌
我が恋の数にし取らば白妙の 浜の真砂も尽きぬべらなり
次の歌
しるしなき思ひやなぞと葦鶴の 音に泣くまでに逢はずわびしき