行く末はつひに過ぎつつ逢ふことの
年月なきぞわびしかりける
- 歌の意味
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いつかはと頼みにしていた行く末の時も、ついには過ぎていくばかりで、逢うことのできる年月がないのが、わびしいことだ。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 683
詞書は前の歌に続き「題しらず」
いつかはと頼みにしていた行く末の時もついには過ぎていくばかりで、逢える年月がないのがわびしいと詠む歌である。先に望みをつないで待つうちに月日だけが過ぎ去り、逢う機会の訪れないむなしさを表している。第六百八十首の「今日行く末になりね」と「行く末」の語を共有し、行く末を待ち望んだ歌に対して、その行く末も過ぎてしまう嘆きを詠む、反転した構図となっている。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。古今和歌集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆し、土佐日記を著した。三十六歌仙に数えられる。
なお本文の三句は「道ふウの」とあり、文字が乱れて意味をなさない。読み仮名の行は「あふことの」とあるので、ここでは「逢ふことの」の誤りと見て、読み仮名の行に従う。
初句「行く末は」は、将来の時は、の意で、第六百八十首の四句「今日行く末に」と同じ語を用いている。
二句「つひに過ぎつつ」は、ついには過ぎていって、の意で、「つつ」は継続を表す。
三句「逢ふことの」は、逢うことの、の意で、第六百七十八首の初句「逢ふことの」と同じ句である。
四句「年月なきぞ」は、年月がないのが、の意で、係助詞「ぞ」は結句の「ける」で結ぶ係り結びである。
結句「わびしかりける」は、わびしいことだ、の意で、「ける」は過去の助動詞「けり」の連体形で、詠嘆を込めている。
ゆくすゑ:行く末。将来、先の時
- 作者
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紀貫之
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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命をば逢ふにかふとか聞きしかど 我やためしに逢はぬ死にせん
- 次の歌
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生きたれば恋することの苦しきを なほ命をば逢ふにかへてん