みるめ刈る渚やいづこあふごなみ
立ち寄る方も知らぬ我が身は
- 歌の意味
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海松布を刈る渚はどこなのか。逢う機会もなく、波が寄るように立ち寄るあてもわからない我が身は。
- 鑑賞
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巻第十 恋歌二 650
詞書「題しらず」
海松布を刈る渚はどこなのか、逢う機会もなく立ち寄るあてもない我が身は、と詠んだ歌である。逢う手だてのない恋の嘆きを、海辺の縁語を重ねて表している。
「みるめ」「なみ」「立ち寄る」「渚」と、海辺にちなむ語を連ねた技巧の歌である。
作者の在原元方は、在原業平の孫で、在原棟梁の子である。古今和歌集の巻頭歌「年の内に春は来にけり」の作者として知られる。
初句「みるめ刈る」の「みるめ」は、海藻の「海松布」と、逢う機会の意の「見る目」を掛けた掛詞である。
二句「渚やいづこ」は、渚はどこなのか、の意で、ここで句切れとなる。
三句「あふごなみ」は、逢う機会を表す「逢ふ期」に、「無み」と「波」を掛けた掛詞で、逢う機会もないので、の意である。
四句「立ち寄る方も」は、立ち寄るあても、の意で、「寄る」は波の縁語である。
結句「知らぬ我が身は」は、わからない我が身は、の意で、初句から二句までと倒置の関係にある。
みるめ:海藻の「海松布」と、逢う機会の意の「見る目」を掛ける
あふご:逢う機会の意の「逢ふ期」
なみ:「無み」の意と、「波」を掛ける
- 作者
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在原元方
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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わびわたる我が身は露を同じくは 君が垣根の草に消えなん
- 次の歌
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なるとよりさし出だされし舟よりも 我ぞ寄る辺もなき心地せし