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昔せし我がかね言の悲しきは
いかに契りしなごりなるらん

歌の意味
昔交わした私の約束の言葉が今こんなに悲しいのは、いったいどのように契った名残なのだろうか。
鑑賞
巻第十一 恋歌三 710

詞書「大納言国経朝臣の家に侍りける女に、平定文いと忍びて語らひ侍りて、行く末まで契り侍りけるころ、この女にはかに贈太政大臣に迎へられて渡り侍りにければ、文だにも通はす方なくなりにければ、かの女の子の五つばかりなるが、本院の西の対に遊びありきけるを呼び寄せて、母に見せ奉れとて腕に書きつけ侍りける」
 昔交わした約束が今悲しいのは、どのように契った名残なのだろうか、と詠んだ歌である。行く末まで誓い合った女を突然奪われ、手紙を送るすべもなくなった男の、やり場のない悲しみを述べている。
 詞書によれば、大納言藤原国経の家にいた女と平定文はひそかに語らい、将来まで約束していたが、この女は急に贈太政大臣に迎えられて移ってしまった。手紙を送る手だてもなくなったので、女の五歳ほどの子が本院の西の対で遊んでいたのを呼び寄せ、母に見せなさいと言って、その腕に書きつけた歌である。贈太政大臣は藤原時平で、本院は時平の邸である。この逸話は谷崎潤一郎の小説『少将滋幹の母』にも取り入れられている。次歌の第七百十一首は女の返しである。
 作者の平定文は、平好風の子で、左兵衛佐などを務めた。平中と呼ばれた恋の名手で、『平中物語』の主人公として知られる。

 初句「昔せし」は、昔交わした、の意である。
 二句「我がかね言の」は、私の約束の言葉が、の意で、「かね言」は前もって言い交わした言葉、約束をいう。
 三句「悲しきは」は、悲しいのは、の意である。
 四句「いかに契りし」は、どのように契った、の意で、「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。
 結句「なごりなるらん」は、名残なのだろうか、の意で、「らん」は原因を推量する。次歌の第七百十一首の二句「誰契りけん」は、本歌の「契りし」を受けている。

かねごと:前もって言い交わした言葉、約束
なごり:物事が過ぎ去った後に残る影響や余韻
作者
平定文
出典
後撰和歌集
前の歌
絵にかける鳥とも人を見てしがな 同じ所を常にとふべく
次の歌
うつつにて誰契りけん定めなき 夢路に迷ふ我は我かは