伊勢の海に塩焼くあまの藤衣
なるとはすれど逢はぬ君かな
- 歌の意味
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伊勢の海で塩を焼く海人の藤衣が着なれてなじむように、いつも親しく慣れ親しんではいるけれど、逢ってはくれないあなたであることよ。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌三 744
詞書「同じ所に宮仕へし侍りて、常に見馴らしける女につかはしける」
伊勢の海人の藤衣が着なれるように慣れ親しんではいるが、逢ってはくれないあなただ、と詠んだ歌である。同じ所に仕えていつも顔を合わせながら、恋の相手としては逢ってくれない女への嘆きを述べている。
詞書によれば、同じ所に宮仕えをして、いつも見慣れていた女に送った歌である。本巻の第七百十八首も伊勢の海人の衣を詠み、「しほなれ」と衣が着なれることを用いており、同じ趣向である。
作者の「みつね」は凡河内躬恒である。古今和歌集の撰者の一人で、三十六歌仙の一人である。小倉百人一首には「心あてに折らばや折らむ初霜の」の歌が採られている。
初句「伊勢の海に」は、伊勢の海で、の意である。
二句「塩焼くあまの」は、塩を焼く海人の、の意である。
三句「藤衣」は、藤などの繊維で織った粗末な衣で、着なれてなじむことから四句の「なる」を導いている。初句からここまでが序詞である。
四句「なるとはすれど」の「なる」は、衣が着古されてなじむ意と、人と慣れ親しむ意を掛ける掛詞である。
結句「逢はぬ君かな」は、逢ってくれないあなたであることよ、の意で、「かな」は詠嘆の終助詞である。
ふぢごろも:藤などの繊維で織った粗末な衣
なる:衣が着なれてなじむ意と、人と慣れ親しむ意を掛ける
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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月かへて君をば見むと言ひしかど 日だに隔てず恋しきものを
- 次の歌
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わたの底かづきて知らむ君がため 思ふ心の深さくらべに