- 歌の意味
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私の心が、架けかけて途中でやめた葛城の久米路の橋であるならば、思う心を中途半端にもしようが、そうではないのだ。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌三 774
詞書「心ざしありて人に言ひ交はし侍りけるを、つれなかりければ言ひわづらひてやみにけるを、思ひ出でて言ひおくりける返り事に、心ならぬさまなりと言へりければ」
葛城の久米路の橋であるならば思う心を中途半端にもしようが、と詠んだ歌である。途中で架けるのをやめたという伝説の橋を引き合いに出し、自分の思いは途中でやめるようなものではないと訴えている。
詞書によれば、思いを寄せて言葉を交わしていた人がつれなかったので、言い寄りあぐねてやめてしまっていたが、思い出して便りを送ったところ、その返事に、気まぐれな様子だと言ってきたので詠んだ歌である。久米路の橋は、役行者が葛城山の一言主神に命じて架けさせようとしたが、完成しなかったと伝えられる岩橋である。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「葛城や」は、大和の国の葛城山の、の意で、「や」は詠嘆の間投助詞である。
二句「久米路の橋に」は、久米路の岩橋で、の意で、途中で架けるのをやめた未完の橋の伝説を踏まえている。
三句「あらばこそ」は、あるならばこそ、の意で、「こそ」は強めの係助詞である。
四句「思ふ心を」は、思う心を、の意である。
結句「中空にせめ」は、中途半端にもしようが、の意で、三句の「こそ」を受けて已然形「め」で結ぶ係り結びとなっている。「中空」は架けかけた橋の宙に浮いた様子の縁語である。
くめぢのはし:葛城山にあったと伝えられる、架けかけて完成しなかった岩橋
なかぞら:どっちつかずで中途半端なこと
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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