高砂の松を緑と見しことは
下の紅葉を知らぬなりけり
- 歌の意味
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高砂の松をいつも変わらない緑と見ていたのは、その下で色づいている紅葉を知らなかったからなのだ。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌四 834
詞書「わざとにはあらず時々もの言ひ侍りける女、ほど久しう訪はず侍りければ」
高砂の松を緑と見ていたのは、下の紅葉を知らなかったからだ、と詠んだ歌である。変わらないと思っていた相手の心も、目に見えない下の方ではすでに色変わりしていたのだと、心変わりを嘆いている。
詞書によれば、とりたててではなく時々言葉を交わしていた相手との間で、訪れが久しく絶えたときの歌である。次歌の第八百三十五首はこれに対する返しで、二首で贈答となっている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「高砂の」は、播磨の歌枕である高砂の、の意である。本巻の第八百六十四首も初句を「高砂の」とし、松を詠んでいる。
二句「松を緑と」は、松を変わらない緑と、の意で、常緑の松に変わらぬ心をたとえている。
三句「見しことは」は、見ていたのは、の意である。
四句「下の紅葉を」は、下の方で色づいている紅葉を、の意で、表に見えない心変わりをたとえている。本巻の第八百十二首と同じく、緑と紅葉の色を対比させている。
結句「知らぬなりけり」は、知らなかったのであったよ、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表す。
たかさご:播磨の歌枕。松の名所
したもみぢ:木の下の方の葉が色づいたもの
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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日を経ても影に見ゆるは玉かづら つらきながらも絶えぬなりけり
- 次の歌
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時分かぬ松の緑も限りなき おもひにはなほ色や燃ゆらん