日を経ても影に見ゆるは玉かづら
つらきながらも絶えぬなりけり
- 歌の意味
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日を経てもあなたの面影に見えるのは、玉かずらのつるが絶えないように、つらいながらも思いが絶えないからなのだ。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌四 833
詞書「相知りて侍りける人の、まれにのみ見えければ」
日を経ても面影に見えるのは、玉かずらのように、つらいながらも思いが絶えないからだ、と詠んだ歌である。まれにしか訪れない人を恨めしく思いながらも、なお心が離れない自分を見つめている。
詞書によれば、親しくしていた人がたまにしか訪れなかったときの歌である。本巻の第八百五首も「影」に恋しい人の姿を見ようとしている。
作者の伊勢は、藤原継蔭の娘である。宇多天皇の中宮温子に仕え、宇多天皇の寵を受けた。のちに敦慶親王との間に中務をもうけた。三十六歌仙の一人である。
初句「日を経ても」は、日数がたっても、の意である。
二句「影に見ゆるは」は、面影に見えるのは、の意である。本巻の第八百五首の初句「影にだに」と、影に恋しい人を見る趣向を共有している。
三句「玉かづら」は、つる草の美称で、そのつるの「つら」の音から四句の「つらき」を導いている。
四句「つらきながらも」は、つらいながらも、の意である。
結句「絶えぬなりけり」は、絶えないのであったよ、の意で、つるが絶えない意と、思いが絶えない意を重ねている。「絶え」は「玉かづら」の縁語である。
たまかづら:つる草の美称。つるが長く絶えないことから「絶ゆ」の縁語となり、同音で「つらき」を導く
かげ:面影
- 作者
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伊勢
- 出典
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後撰和歌集
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墨染の鞍馬の山に入る人は たどるたどるも帰り来ななん
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高砂の松を緑と見しことは 下の紅葉を知らぬなりけり