古典和歌stream

音に聞く鼓の滝をうち見れば
ただ山河の鳴るにぞありける

歌の意味
評判に聞いていた鼓の滝を見てみると、ただ山の川が音を立てて鳴っているだけであった。
鑑賞
巻第九 雑歌下 556

詞書「清原元輔肥後守に侍りける時、かの国の鼓の滝といふ所を見にまかりたりけるに、異様なる法師の詠み侍りける」
 評判に聞いていた鼓の滝を見てみると、ただ山の川が鳴っているだけであったと詠む歌である。詞書から、清原元輔が肥後守であった時、その国の鼓の滝という所を見に行ったところ、風変わりな法師が詠んだ歌とわかる。名高い鼓の滝も、実際に見ればただの山川の音にすぎないと、「音」「打ち」「鳴る」と鼓の縁語を連ねて軽くいなしている。前歌の第五百五十五首に続いて滝を詠み、また第五百四十七首から第五百四十九首と同じく、名と実の違いを見つめる歌でもある。

 初句「音に聞く」は、評判に聞く、の意で、「音」は鼓の音を響かせる鼓の縁語である。次歌の第五百五十七首の初句「音に聞く」と、同じ句を共有している。
 二句「鼓の滝を」は、肥後国の鼓の滝を、の意である。
 三句「うち見れば」は、ちょっと見ると、の意で、「うち」は接頭語であるとともに、鼓を「打つ」意を掛ける掛詞である。
 四句「ただ山河の」は、ただの山の川が、の意で、名高い滝に対して平凡な山川を示している。
 結句「鳴るにぞありける」は、鳴っているのであった、の意で、「鳴る」は鼓の縁語である。係助詞「ぞ」を受けて過去の助動詞「けり」の連体形「ける」で結ぶ係り結びである。

うちみる:「打ち見る(ちょっと見る)」に、鼓を「打つ」意を掛ける
やまがは:山河。山の中を流れる川
ことやう:異様。風変わりなこと
作者
よみ人しらず
出典
拾遺和歌集
前の歌
水底のわくばかりにやくくるらん よる人もなき滝の白糸
次の歌
音に聞く狛の渡りの瓜作り となりかくなりなる心かな