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今までになどかは花の咲かずして
四十年あまり年切りはする

歌の意味
今に至るまで、どうして花が咲かないまま、四十年あまりも実のならない年切りをしているのか。
鑑賞
巻第十五 雑歌一 1077

詞書「紀友則まだ官賜はらざりける時、事のついで侍りて、年はいくらばかりにかなりぬると問ひ侍りければ、四十余になんなりぬると申しければ」
 今までどうして花を咲かせずに、四十年あまりも実らない年を重ねているのか、と詠んだ歌である。官職を得られない友則を花の咲かない木にたとえ、その不遇をいぶかりながらいたわっている。
 詞書によれば、紀友則がまだ官職をもらっていなかった時、ついでがあって年はいくつになったかと尋ねると、四十余りになったと答えたので詠んだ歌である。次歌に友則の返しがあり、贈答となっている。
 作者の「贈太政大臣」は藤原時平である。藤原基経の長男で、左大臣に至り、没後に太政大臣を贈られたためこう呼ばれる。菅原道真を大宰府に左遷したことで知られる。

 初句「今までに」は、今に至るまで、の意で、長い年月を振り返る言い方である。
 二句「などかは花の」は、どうして花が、の意で、「か」は疑問の係助詞で、結句の連体形「する」で結ぶ係り結びとなっている。「花」は官職を得て栄えることをたとえている。
 三句「咲かずして」は、咲かないままで、の意である。
 四句「四十年あまり」は、四十年余り、の意で、詞書の友則の答えをそのまま詠み込んでいる。
 結句「年切りはする」は、年切りをしているのか、の意で、「年切り」は果樹が年によって花や実をつけないことをいう。二句の「か」を受けて連体形「する」で結んでいる。本巻の第千百九首、第千百十首にも「年切り」の語が詠まれ、題材が呼応している。

としきり:果樹が年によって花や実をつけないこと
よそとせ:四十年
作者
藤原時平
出典
後撰和歌集
前の歌
翁さび人なとがめそ狩衣 今日ばかりとぞたづも鳴くなる
次の歌
春々の数は忘れずありながら 花咲かぬ木を何に植ゑけん