もしもやとあひ見むことを頼まずは
かく経るほどにまづぞ消なまし
- 歌の意味
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もしかしたらと、逢えることを頼みにしていなかったならば、こうして日を過ごすうちに、私の方が先に消えてしまっていただろう。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌四 821
詞書「返し」
もしかしたら逢えるかと頼みにしていなければ、こうして過ごすうちに先に消えてしまっていただろう、と詠んだ歌である。死んでも知れと迫った伊勢に対し、自分こそ逢う望みにすがって生きているのだと応じている。
前歌の第八百二十首への返しである。前歌の「死にても」に対し、「消なまし」と命の消えることで応じている。
作者の「贈太政大臣」は藤原時平である。関白藤原基経の長男で、左大臣に至り、没後に太政大臣を贈られた。菅原道真を大宰府に退けたことでも知られる。
なお本文の作者表記は「贈太攻大臣」とあるが、「贈太政大臣」の誤記と見て、ここでは藤原時平とする。
初句「もしもやと」は、もしかしたらと、の意である。
二句「あひ見むことを」は、逢うことを、の意である。
三句「頼まずは」は、頼みにしていなかったならば、の意で、「ずは」は打消の仮定を表し、結句の「まし」と呼応している。
四句「かく経るほどに」は、こうして日を過ごすうちに、の意である。
結句「まづぞ消なまし」は、先に消えてしまっていただろう、の意で、「ぞ」は強めの係助詞で、連体形の「まし」で結ぶ係り結びとなっている。「まし」は反実仮想を表す。
く:消える。「消なまし」は消えてしまっただろう、の意
- 作者
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藤原時平
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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恋ひて経むと思ふ心のわりなさは 死にても知れよわすれがたみに
- 次の歌
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逢ふとだにかたみに見ゆるものならば 忘るるほどもあらましものを