蓮葉のはひにぞ人は思ふらん
世にはこひぢの中に生ひつつ
- 歌の意味
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人は私のことを、蓮のはいのようなものと思っているだろう。この世では、泥の中、恋路の中に生え続けているのだから。
- 鑑賞
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巻第十五 雑歌一 1088
詞書「蓮のはひを取りて」
人は私を蓮のはいのようなものと思っているだろう、世の中では恋路という泥の中に生え続けているのだから、と詠んだ歌である。泥の中に生える蓮の根に、恋の道に沈んで暮らす我が身を重ね、「こひぢ」に泥と恋路を掛けて自嘲している。
詞書によれば、蓮のはい、つまり泥の中にある若い根茎を取って詠んだ歌である。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「蓮葉の」は、蓮の、の意で、泥の中に生える蓮を題材として示している。
二句「はひにぞ人は」は、はいのようなものと人は、の意で、「はひ」は蓮の若い地下茎をいう。「ぞ」は強意の係助詞で、三句の連体形「らん」で結ぶ係り結びとなっている。
三句「思ふらん」は、思っているだろう、の意で、「らん」は現在推量の助動詞で、二句の「ぞ」を受けて結んでいる。ここで句切れとなる。
四句「世にはこひぢの」は、この世では泥の、の意で、「こひぢ」に泥土の意と「恋路」の意を掛けている。
結句「中に生ひつつ」は、その中に生え続けて、の意で、「つつ」は継続を表す。三句で切れたのちに理由を添える倒置の形となっている。
はちす:蓮の古名
はひ:蓮の若い地下茎
こひぢ:泥土の意と、恋路の意を掛ける
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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白河の滝のいとなみ乱れつつ よるをぞ人は待つといふなる
- 次の歌
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これやこの行くも帰るも別れつつ 知るも知らぬもあふさかの関