あけながら年ふることは玉くしげ
みのいたづらになればなりけり
- 歌の意味
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緋の衣のまま年を経ることは、玉くしげの箱の身が空しいように、我が身がむなしくなってしまったからなのだった。
- 鑑賞
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巻第十五 雑歌一 1124
詞書「返し」
緋の衣のまま年を経るのは、玉くしげの身が空であるように、我が身が役に立たなくなったからだ、と詠んだ歌である。前歌の玉くしげの縁語を受け、昇進できないのは自分の身がむなしいからだと自嘲して答えている。
前歌の源公忠の歌に対する好古の返しである。雑歌一の巻末歌で、巻頭の第千七十五首が行幸の再興を祝う晴れの歌で始まったのに対し、位の進まない身を嘆く述懐で巻を閉じている。
作者の小野好古は、小野篁の孫で、藤原純友の乱の追討に功を立て、のちに参議に至った。書家の小野道風の兄にあたる。
初句「あけながら」は、緋の衣のままで、の意で、前歌の四句「あけながら」をそのまま受けている。「あけ」に箱を開ける意と五位の緋の色を掛けている。
二句「年ふることは」は、年を経ることは、の意である。
三句「玉くしげ」は、櫛を入れる美しい箱で、「み」にかかる枕詞として、前歌の初句を受けている。
四句「みのいたづらに」は、身がむなしく、の意で、「み」に箱の「身」と我が「身」を掛けている。
結句「なればなりけり」は、なったからなのだった、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表す。昇進できない理由を我が身に帰して、巻を閉じている。
あけ:箱を開ける意と、五位の袍の色の緋を掛ける
み:箱の身の意と、我が身の意を掛ける
- 作者
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小野好古
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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玉くしげふたとせ逢はぬ君がみを あけながらやはあらむと思ひし
- 次の歌
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頼まれぬ憂き世の中を嘆きつつ 日陰に生ふる身をいかにせん