頼まれぬ憂き世の中を嘆きつつ
日陰に生ふる身をいかにせん
- 歌の意味
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頼みにすることのできないつらい世の中を嘆きながら、日の当たらない所に生えている草のようなこの身を、どうしたらよいのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌二 1125
詞書「思ふ所ありて、前太政大臣に寄せて侍りける」
頼みにならない憂き世を嘆きながら、日陰に生える草のような我が身をどうしたらよいのか、と詠んだ歌である。日の光の届かない所に生える草に、時勢に恵まれず官途の開けない身をたとえ、権勢のある人に引き立てを願う心をにじませている。
詞書によれば、思うところがあって前太政大臣に寄せた歌である。業平の生前に太政大臣であったのは藤原良房であり、良房を指すとみられる。
雑歌二の巻頭歌で、巻末の第千百九十四首が、帝への取り次ぎを願って不遇を訴える歌で巻を閉じるのと呼応し、身の不遇を嘆く述懐が巻の初めと終わりに置かれている。
作者の在原業平は、阿保親王の子で、在原行平の異母弟にあたる。六歌仙、三十六歌仙の一人で、伊勢物語の主人公に擬せられる。
初句「頼まれぬ」は、頼みにすることのできない、の意で、「れ」は可能の助動詞「る」の未然形、「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形である。
二句「憂き世の中を」は、つらいこの世の中を、の意である。本巻の第千百六十六首にも「憂き世の中」が詠まれている。
三句「嘆きつつ」は、嘆きながら、の意で、「つつ」は継続を表す。
四句「日陰に生ふる」は、日の当たらない所に生えている、の意で、日の光を受けられない草に、時勢に恵まれない我が身をたとえている。本巻の第千百七十五首の「陰の朽木」とも通う表現である。
結句「身をいかにせん」は、この身をどうしたらよいのだろうか、の意で、途方に暮れる気持ちを表している。
ひかげ:日の当たらない所。ここは時勢に恵まれない身をたとえる
おふ:草木が生える
- 作者
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在原業平
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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あけながら年ふることは玉くしげ みのいたづらになればなりけり
- 次の歌
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逢坂のゆふつけに鳴く鳥の音を 聞きとがめずぞ行き過ぎにける